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【報道】在宅医療で娘さつきを看取るまでを纏めた『冊子』と、寄せる思い

  1. 2014/11/25(火) 18:02:16_
  2. 【報道】
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  4. _ comment:2

しばらく裁判状況のみの更新が続いていましたが、そのほかの取り組みについてもぼちぼち掲載したいと思います。

2014年10日10日は、さつきの命日でした。
この日の産経新聞大阪本社版夕刊に、大きな記事(A4サイズ・紙面の1/4ページ)が掲載されました。

さつきの事故の経緯とファミサポ制度への問題提起、
そして、この夏に完成した冊子
『娘さつきとの在宅医療生活~「在宅」開始から第二子出産、そして看取りまで~』の紹介の、二本立てです。

20141010産経新聞大阪本社

事故以降、保育関係の集会でさつきの事故とその問題点や、
ファミサポ制度・保育行政について訴える機会をたくさんいただいています。

一方、事故から一年たった頃から、「脳死」と言われる状態ではあるけれど、
その「生」を懸命に生きるさつきのいのちそのもの、すなはちさつきの「生きるかたち」について

また在宅医療生活を始めてからは、そこに至るまでの苦労や葛藤と、「在宅」の実際について
娘を自宅で看取った経験と、とくに小児在宅に関わる医療や福祉への想いについて

そういったことを、倫理・医療・福祉関係の方々にお話させていただく機会も増えました。

母として、娘の頑張りを多くの方に知っていただけることは、率直に嬉しいです。
本当にありがたいことだと思います。

この冊子も、そういった経緯で生まれました。

在宅医療生活を始めるにあたり、「修業」(準備と訓練)のため短期入院したことがきっかけで、
その後もお世話になっている医療・福祉機関から
さつきのいのちと頑張りを、文章にしてはどうか・・・との勧めがありました。

事故当初の絶望や、入院期の苦悩、何度も経験した命の危機、そして自宅で亡くなるまでの日々
もちろん、命あればこそ、幸せな時間もたくさんありましたが
様々な経緯を深く掘り起こして文章にするのは、想像するだけでも大変な作業と思われました

しかし同時に、きっとその作業は、そしてそのようにして出来上がるであろうものは、
私たちにとって貴重な記録であり、財産になるはずだと思いました
何より、それが誰かの力になれるのならば、きっとさつきもそれを願うはずだと思いました。

原稿作成までに2ヶ月、さらに、医療機関とのやりとりで細かい校正を加えること3ヶ月。
今年の7月に、『さつき冊子』は完成しました。

三年間の記憶と記録を掘り起し、さまざまな感情を言葉に紡ぐ過程には、苦しいこともありました。
でも、同時にさつきとの楽しい日々や、幸せだった時間の記憶もまた、鮮やかによみがえり
新たな形で私の心に整理されて、刻まれていくのを感じました。

できあがった冊子だけでなく、その作業のひとつひとつが
大きな意味のあることだったと感じています。
また、このような形で残していただけることで、何よりの記念とさつきへのプレゼントになりました。

冊子は、在宅医療に関わる方々や、当事者の方々に配布されているそうです

さつきが亡くなってから、3度の口演の機会をいただきました。
その度に、
「さつきの体はもうないけれど、こうしてさつきの話ができることで、今もその命は繋がっている」
ことを実感し、形は変わっても、そのいのちは確かにここに存在し、続いているように思えます。

私にとって、生と死は別のものではなく、ひとつづきにある存在のように感じています
ひとが、どのように生きてきたか の延長線上に死があり、それが、亡くなってからにもつながっている
そんなふうに思えます。

お話することで、さつきの命や頑張りを知っていただくだけでも有難いところに
口演や報告・発表の後にいただくメッセージやメールで、
さつきの存在を心に感じる、と言っていただけたとき、本当に嬉しく思います

事故への取り組みとともに、こういった行動も続けていきたいと思います。





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【報道】5月6日、朝日新聞に大きく掲載されました。

  1. 2014/05/11(日) 16:49:50_
  2. 【報道】
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
大型連休の最終日、朝日新聞の朝刊に娘の事故について大きく掲載いただきました。

2014.5.6(金)紙面より(大阪本社)

20140506朝日新聞

2年以上前から本件の取材を続け、さつきや私たちに何度も会いに来てくださった記者さんが、
刑事告訴を機に問題提起の記事をまとめてくださいました。
私たちの心境、事故の状況、八尾市側の対応の不誠実さ…等、提訴・告訴に到る背景が丁寧に書かれています。
このような大きな記事にしていただいたことで、読んだ方々から改めて励ましのメールや声掛けをいただいています。
ほんとうに有難いことです。

一か所だけ、ここで触れられている八尾市の見解に関して、指摘しておきたい点があります。

記者さんの取材に対し、八尾市は事故時の対応は「当事者間で解決する」と定めていた、と説明しているようですが、
これは事実とは異なります。

八尾市のファミサポには、会員に配布される「会則」があり
私たちが利用登録をした平成22年度以前において、そのようなことは一切書かれていませんでした。
また、登録時にもそのような説明は口頭でも一切ありませんでした。

ところが、八尾市は娘の事故の翌年、平成23年度より会則を変更し、そこで初めて「個人間解決」を明記しました。

そして、八尾市はこれまでの報道機関の取材や公の文書などにおいて、個人間解決について
「(昔はしていなかった、でも今は)説明しています」と、( )の部分を隠した、何とも情けない説明をしています。

実は、民事提訴の際に讀賣新聞で大きく報じていただいた時(2013.11.29)にも、同じような事がありました。
おそらく、記者さんが八尾市に取材すると、そういうことになってしまうのだろう…と捉えています。
(これはせっかく取材くださった記者さんに対しても不誠実であり、八尾市のことですが私が申し訳なく思う程です)

しかし、なかでも今回の「定めていた」という表現は
普通に読むと、事故時においても定めていた、ということになり
八尾市がこのような見解を示していることには、私たちとしては怒りを禁じえません。

仮に、「じつはそういう仕組みだったのだ」と主張するとしても、
会員向けの会則に記載しておらず、かつ事故後にわざわさ会則を変更して表記していることからしても
「定めていた」とは言えないはずだ、と思います。
しかも、記事中に書いてくださっているように、私たち会員には全く知らされていなかったのです。

八尾市のこのようなやり方や誤魔化し、ひどい場合は事実を捻じ曲げた嘘(しかも他者からは一見わからない)は
このこと以外にも数えきれないほどあり、
私たちは苦しい状況の中でさらに打ちのめされ、幾度となく苛立ち、悔しい思いをしてきました。
そういった対応の不誠実さが、裁判に至ったの動機の一つでもあります。

今後は裁判において、このようなやり方(良い表現がみつかりません…)には
徹底的に指摘と反論を行っていこうと思います。

八尾市の相変わらずの対応には憤りを感じますが、
今回の記事掲載自体は、おそらく八尾市にとってもプレッシャーを与えるものだったのではと思っていますし

何より、このような形で、制度の問題点や八尾市・ファミサポ・援助会員の事故対応の不誠実さを
大きく伝えていただき、また広く知っていただけた、そのことへの感謝のほうが比較にならないほど大きいので

これまで同様、応援してくださる方々の存在を励みに、熱く冷静に闘っていこうと思います。





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ようこそ

satsuki-moonlight

Author:satsuki-moonlight
2010年11月、ファミサポを利用した1時間のあずかり中に、娘のさつきはうつぶせ寝の心肺停止状態で発見され、その後脳死状態となり、2013年10月に亡くなりました。事故と、事故以降の記録です。

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