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【裁判報告】第一回口頭弁論、原告側意見陳述の内容を掲載します

  1. 2014/01/25(土) 13:03:43_
  2. 裁判報告
  3. _ tb:0
  4. _ comment:10

ファミサポ裁判、第一回口頭弁論(2014.1.23)での
原告 藤井朋樹と、原告 藤井真希の 意見陳述内容を掲載します。

平成26年1月23日 
大阪地方裁判所 第23民事部 御中

意見陳述書

藤井 朋樹

藤井さつきの父親として、意見を陳述させていただきます。

私たちの長女、さつきは産まれてから大きなけがや病気をする事も無く、
心身ともに健やかに成長していました。
元気な子で、大きな声で泣き、笑い、4ヶ月を過ぎた頃からは、表情もより一層豊かになり、
できることもふえ、毎日が喜びに満ちていました。

事故の日も、いつも通りの朝で、まさか、そんな娘と変わり果てた姿で、
無言の対面をする事になろうとは想像すらしていませんでした。

私たちは、さつきの笑顔や優しい表情、この子は人の気持ちを明るくさせる役割を持って
この世に生を受けたのだと思っていました。そんなさつきの将来も、夢も、我々家族の将来すらも、
全ては一瞬にして奪われました。
絶望感、喪失感、脱力感が、毎日湧いては消え、湧いては消えしました。

事故当日、仕事場で娘の事故をききました。救急車のサイレンが受話器の向こうで聞こえました。
さつきが息をしていない、心臓も動いているかわからない、と妻から聞かされました。
援助会員がうつぶせ寝にしていたとも聞き、それが原因で窒息してしまったと思いました。
それでも、娘は助かると信じ病院にむかいました。

病院で処置が続く間、本当に何を考えたらいいのかわかりませんでした。
怒りをぶつけたところで状況が変わることはないと何度も自分に言い聞かせ、娘を信じるよう努めました。
しかし、そこで再び目にした娘は、身動きさえもできず、たくさんの管や点滴につながれ、
生きているのか死んでいるのかすら分からない状態でした。

援助会員はひたすら、すみませんでした、私が悪いんですと繰り返していました。

その後、話の内容があれこれと変わって行く中で、

援助会員の言った「すみませんでした」は一体なんだったのかと、怒りをおぼえました。
当日の状況について、辻褄の合う説明は一切してもらっていません。
泣き出した娘を、うつ伏せにおかれました。
どうして、オムツが濡れているとか、母親が帰るまでの間抱っこしておこう、と思ってくれなかったのか。
残念でなりません。

泣いていた娘は、当然出ていたであろう涙と鼻水で息ができず苦しかったのだと考えます。
寝返りもできなかったので本当に苦しんだと思います。
しかし、援助会員はそんな苦しんでいる状態の娘を知らないと話しました。
本当に苦しんで、苦しんで、苦しんだ末に息が止まり、静かになったのではないでしょうか。

そして、援助会員はうつ伏せにおいたままそばを離れたとも話しました。
このため発見も、救急対応も遅れたのではないかと考えます。

危機管理の意識があれば、子どものそばを離れないでしょうし、何かあっても直ぐに対応もできたはずです。
実際はそれがなされず、後手後手の対応で、娘は脳死にまで追いやられました。

厚生労働省から、ファミリー・サポート制度を利用中に起きた事故の中では、
非常に重症で初めてのケースだと聞きました。だからこそ、本件がこのまま免罪されるようなことになっては、
安心して子どもを預けられる制度とは言えないと思います。
子どもの命が簡単に奪われ、大人の言い逃れがまかり通るような制度にはなって欲しくないのです。

窒息して、脳が呼吸中枢までダメージを受けようとも、さつきは生きました。
さつきの人生は3年という短いものでした。無念だったと思います。でも、懸命に生きました。
頑張り抜いたさつきに、私たちはなんと説明したらいいのでしょうか。
ぜひお考えいただきたいと思います。

私たちの意見陳述の機会を作って下さった裁判官の皆様に、深く感謝申し上げます。

最後に、私たちは大切な家族を失いました。元気に生まれてきたさつきは、3歳で生涯を終えました。

以上です。ありがとうございました。



平成26年1月23日 
大阪地方裁判所 第23民事部 御中

意見陳述書

藤井 真希

藤井さつきの母親です。

事故当日のことは、今でもいろんな場面がはっきり思い出されます。当日の出発前の笑顔。
さつきとバイバイした時の様子。迎えに戻った時、真っ白になったさつきを抱くと、首がグラッと傾いたこと。

あんなに元気だった子が、たった1時間のあずかりで脳死の状態になり、命も奪われてしまいました。
何もなかったはずがないのです。誰の落ち度もなかった、そんなはずがないのです。
援助会員は、さつきをうつぶせにして、ちゃんと見ていなかったと言っていました。
当日は、泣いて私たちに謝っていました。

当初、私たちはさつきのことでいっぱいでしたが、きっとそのうち、
きちんとした説明と謝罪があるものと思っていました。
今にすれば、あの日、無理をしてでも話を聞き出すべきだったのです、
後に、援助会員の態度が変わってしまうとわかっていたら。そして、まさか八尾市と社会福祉協議会、
ファミサポセンターが事故の調査にとりかかってくれないどころか、
聞き取りすら中断し、放棄してしまうことを知っていたら。

私たちはただ、筋の通った説明と、事故の背景にある問題を洗い出し、それを教訓とし、
再発防止に努めてもらうことだけを願い、聞き取りが中断されて以降も再三申し入れを行ってきました。
穏便に解決できることを願い、裁判で争うようなことも、望んでいませんでした。

しかし、被告らの対応は誠意がないだけでなく、そのうち八尾市や社会福祉協議会は
私たちに平然と嘘をつくようになり、悪意すら感じられるほどになりました。
彼らにすれば、私たちへの対応はどういう形になってもよかったのでしょう。
諦めさせる為には手段をえらばない様子でした。
どうして、ただでさえ娘の命がこのようなことになっていた私たちに、心臓がつぶれるくらいの苦しみを
与えられたのか。彼らはそこまでして一体何を守ろうとしていたのか。
人間として、不思議でなりません。

地域の方々の力を借りて働きかけを行うようになると、八尾市は議会答弁や公の発言として、
事実にない報告をし、さらに私たちを苦しめました。
事故を重く受け止め、再発防止に努めるとするならばなぜ、事故調査を行わなかったのでしょうか。
事故に向き合わない中での八尾市の再発防止策は、上滑りしていると言わざるを得ません。

ファミリー・サポートは行政の事業であり、私たちはその運営と、あずかりの調整を信頼して、娘を預けました。
しかし、事故が起こればセンターや八尾市は責任がない、それどころか事故対応すらしなくてもよいのだとすれば、
何のための公的な事業なのでしょうか。

援助会員の心境はわかりません。泣きやまない娘に、腹を立てたのかもしれません。
もしくは、不注意から起きたことで、悪意はなかったのかもしれません。
信用して娘を預けた相手ですから、そう思いたいです。
しかし、ことが起こった後に事実から逃げ続けるのであれば、それはもはや事故そのものをひっくるめて、
許されません。

ものを言えない乳幼児であることを理由に、事故に正面から向き合うことを避け、
黙ってやりすごそう、なかったことにしてしまおう、さつきのせいにしてしまおうとする被告らを、
許すわけにはいきません。逃げさせないための手段は、裁判しか残りませんでした。

これから、今まで以上の嘘や、言い逃れや、ひどい答弁があるかもしれません。
ですが、さつきのことを思うと、さつきが元気な体を奪われ、命も閉じなければならなかったこと、
この現実以上に辛いことは私たちにはありません。
脳死となったさつきは、見た目には穏やかに眠っているように見えますが、
実際はとても微妙なバランスの中で、懸命にその命をつないでいました。
喉に開けた穴から人工呼吸器の管をつなぎ、昼夜問わず何回もの吸引や痰づまりで苦しみ、
食事は鼻から胃に通した管で液体を注入するのみでした。尿が出なくなると全身がむくみます。
脳が腫れ上がり収縮した後遺症で頭蓋骨は歪み、2年後には額が割れて、中から液体が出続けていました。
それでも、さつきは何ひとつ悪くないのです。

命あればこそ、幸せな時間もありました。
しかし、さつきは、本来しなくてよかった苦しい思いをたくさん、たくさんしました。
亡くなる時も、体じゅうがむくみ、お腹ははちきれそうでした。
事故がなければ、さつきにも私たちにも、限りない幸せがあったはずなのです。

そういったことを思うと、私たちは泣き寝入りはできませんでした。
事故の真実さえ知らされず、あやふやにされている今の状況から、もしこの裁判で何かひとつでも
明らかになることがあるのならば、私たちはそれに懸けたいという決意です。

ひとつの命が亡くなったことは、まぎれもない事実であり、その背景にはそれなりの理由があるはずです。
全力で明らかにしていただきたい、していきたいと強く願います。

そして、被告らには一日でも早く、さつきの前で心から謝罪いただくことを求めます。

お時間いただきありがとうございました。


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【裁判報告】2014.1.23第一回口頭弁論がありました

  1. 2014/01/25(土) 12:49:48_
  2. 裁判報告
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
2014.1.23(木)10:00 大阪地方裁判所1006号法廷
娘のファミサポ事故裁判、第一回口頭弁論がありました。

傍聴席には、支援くださっている方々、保育所や幼稚園の事故の当事者として一緒に闘っている仲間、
さつきのことをよく知ってくれている友人や家族、そして
娘の事故を社会の問題と捉えて見守ってくださる報道関係の方々、
たくさんの方が、お忙しい中で何とか仕事や家庭の都合をつけて、集まってくださっていました。

さつきの両親として、私たち(原告・藤井朋樹と藤井真希)の意見陳述を許可いただき
裁判官と、傍聴席の方々、法廷内にいるすべての人に向けて
裁判の記録として刻まれることになる、この裁判に懸ける私たちの思いを、お伝えしました。

(陳述内容は別の記事に掲載しています)

さつきも、傍で聞いてくれていただろうと思います。

被告側代理人が三者とも欠席だったのは非常に残念です。
実質的答弁は次回以降であるとしても、やはり法廷で私たちの声を直接聞いていただきたかった、と思います。

終了後は報告会を行いました。
それまでずっと気を張り続けていたので、あたたかい人たちに囲まれて糸が切れた瞬間は
涙がぶぁーと出て、感謝の気持ちや、ひとまずの安堵の気持ち、が一気に溢れてしまいました。

次回期日は3月25日(火)10時~、大阪地裁412号法廷です。終了後の報告会も行います。
私たちの訴えに対する、被告側それぞれの見解が示されます。

関西のテレビ局4社が、その日のニュースとして報道してくださいました。
切り口の違いに、記者さんそれぞれの思いと問題意識を感じ、とてもありがたく励まされる思いです。

MBS毎日放送
http://www.mbs.jp/news/sp/kansai_GE000000000000003633.shtml

関西テレビ放送
http://www.ktv.jp/news/date/20140123.html#0459205

讀賣テレビ放送
http://www.ytv.co.jp/press/kansai/D5965.html

(ABC朝日放送は既に更新されているようですが、詳しく報道いただきました)


裁判にあたり、多くのメールや励ましの声をいただき
twitter上でのメッセージ、リツイートやフォローのすべてに勇気をいただきました。

このブログを読んでくださる方々、
いろいろな形で応援くださっている皆様、いつもほんとうにありがとうございます。

前向きに頑張っていきますので、今後ともよろしくお願いいたします。




【資料】事故以降の経過

  1. 2014/01/22(水) 17:16:19_
  2. 発表・報告資料
  3. _ tb:0
  4. _ comment:0
事故の概要と、事故から見えた問題点についてまとめた資料を掲載します。(2枚に分かれています)

2014年1月13日に大阪市中央公会堂(中之島)で開催された、「子どもの命を考える集会」での
報告発言用に作成したものです。

集会の趣旨に沿って、娘の事故を通して新制度への疑問についても書いています。

また、「赤ちゃんの急死を考える会」からの、保育事故の実態に関する資料も一部抜粋しています。

(ブログを始めたばかりで、要領がわからずとりあえずPNGファイルです。見にくい点ご容赦ください・・・)

20140113子どもの命を考える集会資料①
20140113子どもの命を考える集会資料②

裁判を前に、ブログを開設しました。

  1. 2014/01/22(水) 17:06:33_
  2. 未分類
  3. _ tb:0
  4. _ comment:1

ご覧いただきありがとうございます。

 私たちの娘 藤井さつきは、2010年11月 大阪府八尾市のファミリー・サポート・センター事業(ファミサポ)を利用した1時間のあずかり中、うつぶせ寝の心肺停止状態で発見され、その後一命は取り留めたものの脳死状態となりました。

 長期入院を経て退院し、在宅医療生活を続けていましたが、2013年10月に3歳で亡くなりました。

「事故の状況を明らかにし、二度とこのような悲しいことが起こらないようにしてほしい」との願いで
事故以降これまで約3年、当事者・ファミサポセンター(八尾市社会福祉協議会)・八尾市に働きかけてきましたが
相手方の誠意は見られず、未だ事故は解決されていません。

当日の状況すら明らかにならないまま、さつきはたった3年の生涯を閉じました。

さつきの頑張りのおかげで、家族は前進することができましたが
一方で、さまざまな働きかけをしても全く進展のない事故のことを思うと、やりきれない思いです。

2013年11月、事故から3年を機に、民事提訴いたしました。
さつきも、一緒に原告として提訴する予定でしたが、それはかないませんでした。

裁判を機に、このブログを開設することにしました。

事故の記録、これまでの私たちの活動や資料、裁判の動向などを掲載していきたいと思います。
よろしくお願いいたします。

藤井 真希


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ようこそ

satsuki-moonlight

Author:satsuki-moonlight
2010年11月、ファミサポを利用した1時間のあずかり中に、娘のさつきはうつぶせ寝の心肺停止状態で発見され、その後脳死状態となり、2013年10月に亡くなりました。事故と、事故以降の記録です。

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